【青森県・岩手県】東北・三陸沿岸の文化を体感する――「みちのく潮風トレイル」を歩く旅
青森県八戸市から岩手県、宮城県石巻市にかけての海岸線は「三陸海岸」と呼ばれています。2011年3月に発生した東日本大震災では、津波により甚大な被害を受けましたが、古くから海と山の恵みとともに暮らし、独自の文化を育んできた地域です。震災後に整備された「みちのく潮風トレイル」を歩けば、森や海が育んだこの地形だからこそ生まれた郷土芸能や食文化があることを体感できます。
みちのく潮風トレイルとは?
青森県八戸市「蕪島」から、福島県相馬市「松川浦環境公園」までの全長1,000kmを超える「歩くための道」。東日本大震災からの復興に資するため、環境省、4県29市町村、民間団体、地域住民の協働により2019年に全線が開通しました。歩く速さだからこその発見や出会いがあり、東北の新たな観光資源として注目されています。
動画:みちのく潮風トレイルを歩く旅
みちのく潮風トレイルへのアクセス方法は?
1日20km歩くと、約50日で完歩できますが、体力や経験などに合わせて、好きな区間だけを歩くことができます。北の起点/終点となる八戸市へは、東北新幹線の利用が便利。JR「八戸」駅までは、「東京」駅から最短約2時間45分でアクセスできます。この記事では、公共交通機関と組み合わせて見どころを楽しめるモデルプランをいくつか紹介します。
みちのく潮風トレイルを楽しむ、モデルプラン3選
プラン1.美酒と絶景を堪能 トレイル初心者におすすめの八戸ルート
(前泊+1日)
みちのく潮風トレイルの起点/終点である「蕪島」から、「種差海岸」までの約9kmの道は、起伏が少なく、同トレイルを初めて歩く人にも人気のコース。岩場、草原、砂浜、松林、芝生地と、景色の変化を楽しみながら歩くことができます。地元で古くから信仰されてきた「蕪嶋神社」で旅の安全を祈願し、浜の暮らしに触れる旅に出発しましょう。
八戸駅から、蕪島最寄りの「鮫」駅へは、JR八戸線で25分です。
島全体が天然記念物
蕪島は、ウミネコの巣や子育ての様子を間近に見ることができる希少な場所。頂上に建つ蕪嶋神社には、商売繁盛・漁業安全の守り神として弁財天が祀られています。漁場を教えてくれるウミネコは、弁財天の使いとして、この地域では古くから大切にされてきました。
2015年に火災により全焼した社殿は、全国から集まった寄付金により再建。神社の床下や化粧垂木には湿気に強い青森ヒバ、小屋裏の梁材には南部赤松、玉垣と手水舎には、青森県産の栗の木など、多くの青森県材が使用されています。
やませがもたらした恵み
蕪嶋神社で参拝を終え、漁港のある岩場を抜けると、斜面を中心に形成されている「海岸草原」を通ります。650 種を超える海浜植物や高山植物が芽吹く植生は、夏の冷たく湿った風「やませ」や冬の少雪など、独特な気候の影響によるもの。
同地域は、やませによる冷害に悩まされ、稲や木綿が育たなかった歴史をもちますが、だからこそ、こうした豊かな花畑が生まれ、貴重な布を大切に使う「南部裂織」、保温や補強のために麻布に麻糸を刺し施す「南部菱刺」、豊作を願う郷土芸能「えんぶり」などの文化が育まれたとも考えられます。
展望台で小休憩
さらに進むと、要塞のような「葦毛崎展望台」が見えてきます。太平洋戦争末期、軍事施設として使用された場所で、同トレイルの最高峰「階上岳」や太平洋を一望できるスポットです。そばには人気の「カフェテラス ホロンバイル」があるのでソフトクリームなどを購入して小休憩しましょう。
カフェテラス ホロンバイル 基本情報
- 日本語名称
- カフェテラス ホロンバイル
- 郵便番号
- 031-0841
- 住所
- 青森県八戸市鮫町先祖ケ久保10-3
- 電話
- 0178-33-2222
- 定休日
- 無休
- 時間
- 店内9:00〜17:00、テイクアウト〜18:00
- アクセス
- JR八戸線「鮫」駅から徒歩35分
景色の変化を楽しむ
葦毛崎展望台を後にすると、草原〜砂浜〜岩場〜松林〜天然芝生地と、30分毎に景色が変わる中を歩いて行きます。
白い砂浜で知られる「大須賀海岸」の砂は、踏みしめるときゅっきゅっと音がするため、「鳴砂(なきすな)」と呼ばれています。砂に混じる鉱物「石英粒」が擦れる際の振動で音が出るためで、不純物の少ない綺麗な砂浜の証であると言われています。
3kmに渡る松林は、「淀の松原」と呼ばれ、木々の間から海を望むことができます。樹齢100年以上のクロマツで、防風や魚群誘致のために植樹されました。
眼下に太平洋を望める「種差天然芝生地」は、馬を育成するために形成された「妙野牧」の一部。種差海岸が属する青森県南部地方は、古来より馬産地として知られ、放牧は1965年頃まで続いたとされています。地域ならではの文化があったからこそ生まれた景色です。
種差天然芝生地 基本情報
- 日本語名称
- 種差天然芝生地
- 郵便番号
- 031-0841
- 住所
- 青森県八戸市大字鮫町字棚久保
- 電話
- 0178-51-8500(種差海岸インフォメーションセンター)
- アクセス
- JR八戸線「種差海岸」駅から徒歩3分
八戸市ルートを歩くなら前泊がおすすめ!
南部地方の中心都市である八戸市へ行くなら、前泊して夜のまちを散策するのがおすすめです。8つの横丁があり、郷土料理や地酒、地元の人たちとの交流を楽しめます。
翌日は早起きをしてJR「陸奥湊」駅周辺へ
「館鼻岸壁朝市」(3月中旬〜12月の毎週日曜)や「陸奥湊駅前朝市」(日曜定休)、「八戸市魚菜小売市場」(日曜・第2土曜定休)など、朝からにぎわうスポットが充実しています。「陸奥男山」・「陸奥八仙」で知られる「八戸酒造」も徒歩圏内。旬のお酒の試飲と蔵の一部を見学することができるので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。
八戸酒造 基本情報
- 日本語名称
- 八戸酒造
- 郵便番号
- 031-0812
- 住所
- 青森県八戸市大字湊町字本町9
- 電話
- 0178-33-1171
- 定休日
- (蔵見学)土・日曜(冬季間は土曜も営業)
- 時間
- (蔵見学)10:00〜16:00
- アクセス
- JR八戸線「陸奥湊」駅から徒歩5分
- 公式サイト
- 公式サイト
プラン2. 海とともに生きる土地の伝統を学ぶ 普代村〜田野畑村ルート
(1泊2日)
三陸鉄道「普代」駅を起点にしたルートを歩けば、1泊2日で、海とともに生きるこの土地の歴史や文化を知ることができます。
普代駅へは、「久慈」駅から三陸鉄道リアス線で37分。久慈駅までは、JR八戸線で、八戸駅から2時間3分、プラン1のゴール近く「種差海岸」駅からは1時間12分。東北新幹線の停車駅「盛岡」駅からは、高速バス久慈こはく号で2時間3分です。
Day1
水門が守った商店街
最初に訪れるのは、普代駅から徒歩約5分のところにある「アビーロード商店街」。三陸地域の街並みの多くは、東日本大震災による津波により、かつての景観を失いました。しかし、普代村の中心市街地であるアビーロード商店街には、震災以前の風景が残り、通りには、精肉店や製菓店、鮮魚を扱う商店などが並びます。
なぜ、普代村の景色は守られたのか。それは、明治、昭和に同村が経験した津波の教訓から、商店街から徒歩約15分の場所に「普代水門」と「太田名部防潮堤」が建設されていたからです。水門の完成は、1984年。当時の村長・和村幸得氏は、439名が亡くなった昭和の津波の経験から、経済対策よりも何よりも防災対策に優先に取り組み、普代川の河口に15.5メートルの水門を建設しました。商店街から水門まで歩くと、海と水門の距離、水門と市街地の距離がこれだけあったことが、村中心部の大規模な浸水が食い止め、村民の命を守ることにつながったのだと実感します。
- 日本語名称
- 普代水門
- 郵便番号
- 028-8331
- 住所
- 岩手県下閉伊郡普代村第14地割
- 電話
- 0194-35-2115(普代村観光振興室)
- アクセス
- 三陸鉄道リアス線「普代」駅から徒歩15分
いつ津波に襲われるかわからない怖さと隣り合わせにありながらも、この地を離れず、海とともに生きてきた普代の人々。普代水門から、「黒崎展望所」または、宿泊できる「国民宿舎 くろさき荘」まで約5.7kmの道を進めば、海の美しさや恵みの恩恵を受ける豊かな土地であることにもまた気づかされます。普代浜園地キラウミ、太田名部漁港、黒崎漁港などを通り、「ネダリ浜自然歩道」と呼ばれる、海に切り立つゴツゴツとした岩場の横を進むルートで、透き通る海を間近に見られる絶景スポットなのです。
国指定重要無形民俗文化財 鵜鳥神楽を体験
さらにこの日は、村民を見守ってきた神事も体験することができました。
普代村には、海の安全や豊漁を祈願する「鵜鳥神社」があり、神社の神霊を獅子頭に宿し沿岸の集落を巡行する「鵜鳥神楽」が伝わります。「廻り神楽」と呼ばれるこの風習は、現在では三陸にしかないそうで、国の重要無形民俗文化財に指定されています。幼い頃から体に染み込んでいる音やリズム、神霊の存在。こうして何世代にも渡り伝わる文化を目の当たりにすると、海との暮らしが尊く、この地に根付いていることを感じ取ることができます。国民宿舎くろさき荘の宿泊者は、事前予約すると観覧をリクエストすることができるので、ぜひ体験してみてください。
Day2
鵜鳥神社本殿へ
1日目は「国民宿舎くろさき荘」に宿泊し、翌朝は鵜鳥神社本殿へ参拝すれば、より神霊や自然の厳かな力を感じることができます。鳥居の右手にある遥拝殿から、標高424mの卯子酉山山頂にある本殿までは、徒歩約30分。参道には、占い場の「お縒り場」、縁結びの神として厚く信仰される「夫婦杉」など、古くから地域の人たちが大切にしてきた神聖なスポットが現存しています。
- 日本語名称
- 鵜鳥神社
- 郵便番号
- 028-8362
- 住所
- 下閉伊郡普代村第25地割字卯子酉13
- 電話
- 0194-35-2339
- アクセス
- 三陸鉄道リアス線「普代」駅からタクシー10分
参拝を終えたら、再び国民宿舎くろさき荘へ戻り、「北山崎展望所」まで9.3kmの道を歩きます。「海のアルプス」と称される巨大な崖の上の林道を進めば、山々に集落が隔てられていること、山と海がすぐそばにあるということを足元から感じます。こうした特有の土地であるからこそ育まれてきた暮らしや慣習が、他にはない文化を形成しているのだと噛み締める時間です。
- 日本語名称
- 北山崎展望台
- 郵便番号
- 028-8402
- 住所
- 岩手県下閉伊郡田野畑村北山129-10
- 電話
- 0194-33-3248(田野畑村総合観光案内所)
- アクセス
- 三陸鉄道リアス線「田野畑」駅からタクシー20分
海から断崖を遊覧!
北山崎展望所まで歩き、周辺で休憩をとった後は、「サッパ船アドベンチャーズ」の体験をおすすめします。ウニやアワビ、ワカメ漁などに使用されている小型舟に乗り、断崖絶壁や奇岩など、同地域独特の景観を漁師が案内してくれる約1時間のツアーで、自分たちが歩いて来た場所を海から見られる、特別な体験です。
- 日本語名称
- サッパ船アドベンチャーズ
- 郵便番号
- 028-8402
- 住所
- 岩手県下閉伊郡田野畑村机142-3
- 電話
- 0194-37-1211(NPO法人 体験村・たのはたネットワーク)
- 定休日
- 悪天候時は代替プログラムを用意
- 時間
- 要問い合わせ
- アクセス
- 三陸鉄道リアス線「田野畑」駅からタクシー10分
三陸鉄道を活用しよう
三陸沿岸を縦貫し、久慈駅と盛駅を結ぶ三陸鉄道は、美しい車窓風景でも知られます。特に、「陸中野田」駅〜普代駅間には、海の眺めが美しい「大沢橋梁」と、秋に鮭が川を遡上する光景を見られる「安家川橋梁」があるフォトスポット。ランチ列車やワイン列車、ラッピング列車など、期間限定の企画列車も運行するので、トレイルと組み合わせて三陸観光を楽しむのも一手です。机浜からは徒歩約1時間の場所に「田野畑」駅があります。
プラン3. 森と海が育んだ郷土芸能に酔いしれる 宮古〜大槌ルート
(1日+三陸大槌町 郷土芸能かがり火の舞鑑賞)
「郷土芸能の宝庫」と呼ばれる岩手県。三陸沿岸に伝わる郷土芸能を鑑賞するなら、宮古〜大槌ルートがおすすめです。
勇壮な虎舞に感動!
篝火を焚いた幻想的な雰囲気の中、虎舞など勇壮な舞を見ることができるのが大槌町。みちのく潮風トレイルのルート上にある「三陸花ホテルはまぎく」から、会場の「小鎚神社」まで送迎バスが運行しています。
江戸時代、当地の豪商・前川善兵氏(通称:吉里吉里善兵衛)は、三陸の海産物を江戸に輸送。大槌町の虎舞は、その輸送船の船乗りたちが、当時江戸で人気のあった人形浄瑠璃『国性爺合戦』の一場面に感銘を受け、見様見真似で持ち帰り、再現したものとされています。
東日本大震災では死者・行方不明者1200余人という被害を受けた町ですが、神様への奉納、支援への感謝、また、現在でも各地で頻発する自然災害の被災者へのエールも込めて舞が伝承されています。
小鎚神社 基本情報
- 日本語名称
- 小鎚神社
- 郵便番号
- 028-1115
- 住所
- 岩手県上閉伊郡大槌町上町2-16
- 電話
- 0193-42-3284
- 時間
- 参拝自由(社務所9:00〜17:00)
- アクセス
-
三陸鉄道リアス線「大槌」駅から徒歩8分、「三陸大槌町 郷土芸能かがり火の舞」開催時は町内の宿泊施設から宿泊者に限り送迎あり
※「三陸大槌町 郷土芸能かがり火の舞」は年により開催日、また、日により演目が異なります。詳細は大槌町観光交流協会のホームページをチェックしてください
地形が育んだ郷土芸能と食文化を堪能
三陸では、東日本大震災後に「三陸国際芸術祭」も開催されています。当地に多様な郷土芸能が残るのは、山々に集落が隔てられ、互いにアクセスが難しい独自の地形に所以があることは、みちのく潮風トレイルを歩いていると実感できます。
プラン2で紹介した北山崎に代表されるように、宮古市以北は、海中で形成された地層が隆起してできた断崖(海成段丘)が続いているのが特徴。一方、宮古市以南は複雑な入り江が続くリアス海岸で、半島を繰り返し歩いていくロングコースが続きます。
大槌町まで続く後者は上級者向けですが、三陸鉄道をうまく利用すれば、初心者でも歩きやすい宮古市中部のトレイルコースと合わせて虎舞を楽しむことができます。
宮古市ルートは、JR/三陸鉄道「宮古」駅から送迎のある「休暇村陸中宮古」を起点とすると、「浄土ヶ浜」まで約7km、上り下りの続くコースを半日で歩くことができます。
「浄土ヶ浜ビジターセンター」から宮古駅まではバスで約15分、宮古駅からは三陸鉄道リアス線で三陸 花ホテル はまぎくの最寄り「浪板海岸」駅や小鎚神社の最寄り「大槌」駅へアクセスできます。
また、宮古市南部から山田町、大槌町にかけては植生の変わり目でもあり、以南は常緑樹、以北は、冬の間にエネルギーを蓄えるため落葉樹が多いそう。秋から冬にかけ落ちた葉の栄養は、沢を流れてすぐそばの海へ流れ込みます。山と海が近いからこそ、三陸には豊かな漁場が育まれていることも、歩くことで実感することができました。
Hiking Map Bookとハイキングパスポートを旅のおともに!
みちのく潮風トレイルを歩く際には、オンラインショップやビジターセンターで販売している「Hiking Map Book」と「ハイキングパスポート」の利用がおすすめです。いずれも、売り上げの一部は同トレイルの整備費用として活用される仕組み。東北沿岸の振興に活用してほしいという想いでつくられた道を、歩く人とも一緒に育てていくことを目指しています。
まとめ
脈々と受け継がれて来た海との暮らしを体感できる「みちのく潮風トレイル」を歩く旅はいかがでしたか? 歩くからこそ実感できる、文化や歴史があったと思います。
大地の活動が育んだ独特の地形、平安や江戸時代から続く伝承、東日本大震災後に紡がれた物語……。隠れた魅力満載の東北を歩く旅へ、出かけてみませんか?
みちのく潮風トレイルを歩きに行きたい・情報がほしい・計画を立てたいとお考えの方は、「みちのく潮風トレイル 名取トレイルセンター」にお問合せください。
(e-mail: info@m-tc.org 電話:022-398-6181 運営:NPO法人みちのくトレイルクラブ)
・オンラインショップ
・名取トレイルセンター
・ハイキングパスポート