大友氏館跡庭園

公式情報 掲載施設による公式確認を経た情報です。

大友氏館跡庭園

現代に蘇る大友宗麟の庭園。

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大友館は、14世紀後半から16世紀後半に島津氏による府内の侵攻後に使用されなくなるまでの約200年、豊後国の名門一族、大友氏の領国支配の拠点であった。平成10(1998)年の発掘調査により大規模な庭園跡が見つかり、調査成果をもとに往時の姿を復元整備し、公開されている。中世の庭園の姿をそのまま伝える貴重な遺跡となっている。

大友館は府内と呼ばれる国際貿易都市の中心に位置し、約200m四方の広大な敷地をもっていた。館中央には政治や儀式を行う中心建物と考えられる大型の礎石建物跡が確認されている。庭園はその南側にあり、広さ5000平方メートル以上、東西67m、南北30mの池が広がる大規模なものだった。各所に滝や中島、州浜、築山、景石などが配置され、東側の池は躍動感に満ちた景色、西側の池は穏やかな景色を特徴とする趣向を凝らした戦国時代の庭園が復元されている。

遺跡には大友氏の歴史を紹介した南蛮BVNGO交流館が隣接し、大友氏館跡全体の整備を行うための発掘調査や建物復元にむけた検討が続けられている。

ポイント

  • 当時の姿に復元された庭園の池は東西67m、南北30mと戦国大名の館跡において最大級。
  • 南蛮BVNGO交流館では大友館の床の間をイメージした画面に大友宗麟が映像で現れ、半生をわかりやすく解説など複数の映像で大友氏や大友氏遺跡を学ぶことができる。
  • 戦国時代に九州六か国を治めた大友宗麟の広大な館跡をVRで体感できる。
  • 今後も発掘調査や整備を進め、大友宗麟公生誕500年となる2030年に歴史公園として完成予定。

写真

  • 館の南東部にあった庭園を作庭当時の姿に復元
画像提供:大分市教育委員会

    館の南東部にあった庭園を作庭当時の姿に復元 画像提供:大分市教育委員会

  • 右奥に立つ黒い建物が南蛮BVNGO交流館
画像提供:大分市教育委員会

    右奥に立つ黒い建物が南蛮BVNGO交流館 画像提供:大分市教育委員会

  • 庭園の池は中島を挟んで西側と東側に分かれている 
画像提供:大分市教育委員会

    庭園の池は中島を挟んで西側と東側に分かれている  画像提供:大分市教育委員会

  • 緑地部分が大友氏館跡の範囲 
画像提供:大分市教育委員会

    緑地部分が大友氏館跡の範囲  画像提供:大分市教育委員会

  • 発掘調査によって戦国時代の庭園の全容を明らかにした  
画像提供:大分市教育委員会

    発掘調査によって戦国時代の庭園の全容を明らかにした   画像提供:大分市教育委員会

口コミ

1
  • 夏婉欣

    池塘~擁有相當大的規模~有別具風格的戰國時代庭園哦。

基本情報

日本語名称
大友氏館跡庭園
郵便番号
870-0025
住所
大分県大分市顕徳町3丁目2番45号
電話
097-578-9191
定休日
月曜(第1月曜、祝日の場合は翌日)、祝日の翌日(土・日の場合は開園)、年末年始
営業時間
9:00~17:00(入場は16:30まで)
※詳しい営業時間は公式サイトをご参照ください。
料金
無料
アクセス
JR「大分」駅から徒歩15分
公式サイト
公式サイト