
日本伝統の手織り絨毯「赤穂緞通」完全ガイド
縁起のいい図柄である瑞祥文様がデザインされた絨毯、「赤穂緞通(あこうだんつう)」。150年以上前に兵庫県赤穂市でひとりの女性によって織りはじめられ、その技術が現在まで赤穂市内で継承されています。佐賀県の「鍋島緞通」、大阪府の「堺緞通」と並んで、「日本三大緞通」と呼ばれています。
しかし、いまから35年ほど前に赤穂緞通の職人が途絶えかけてしまいます。守り継いできた技術を後世に残そうと、現在では職人の育成を積極的に行い、観光客にも製作体験を通してその魅力を知ってもらいたいと、体験にも力を入れています。
本記事では、そんな赤穂緞通の歴史や手作業で作り上げる美しい文様の魅力、気軽に赤穂緞通の製作ができる体験施設などをご紹介します。根気強く細部まで丁寧に作り上げる手作り絨毯から、日本のものづくりの精神を感じてみてください。
赤穂緞通とは
“緞通”とは、屋内敷物用織物のうちの「手織り」でできたものを指します。毛織の敷物という意味の中国語「毯子(タンツ)」が訛って「緞通」になったと言われています。
「赤穂緞通」は兵庫県赤穂市で誕生した、すべての工程を手作業で作り上げる絨毯です。
そのなかでも赤穂緞通は“摘み”というほかにはない工程があるのが最大の特徴です。
この“摘み”は、文様の輪郭が際立つように握り鋏で仕上げていく工程で、こうすることではっきりとした文様が浮かび上がり、滑らかな仕上がりになるうえ、型崩れしにくく丈夫にできあがります。織りから摘みまですべて手作業!1畳敷(約95cm×190cm)の緞通を作るのになんと半年以上の時間がかかるというから驚きです。独特の色合いや文様が人気となり、皇后の御料車や伝統ある祭事でも採用されていて、とても格式高い絨毯です。
兵庫県伝統的工芸品のひとつで、150年以上の歴史をもちます。独特の色合いや文様が人気になり、皇后の御料車の敷物として採用されたり、茶の湯の「待ちの間」の飾りや敷物に使われたり、京都の祇園祭期間に山鉾町の旧家で屏風や美術品などを公開する「屏風祭」の屏風を飾る敷物として現在でも愛用されたりしています。

- 正式名称
- 祇園祭
- 開催日
- 7月1〜31日
- アクセス
-
八坂神社へ
1)京阪鴨東線「祇園四条」駅から徒歩5分
2)阪急京都線「京都河原町」駅から徒歩8分
3)JR「京都」駅から京都市バス206系統で祇園下車、徒歩すぐ - 公式サイト
- 八坂神社
赤穂緞通の誕生地 赤穂市について
赤穂市は兵庫県の西南端に位置し、岡山県との県境にあります。瀬戸内海に面していることから江戸時代には「日本第一の塩」といわれるほどの塩の名産地で、現在でも赤穂は国内塩生産の約20%を占めています。実は赤穂緞通は、かつては塩田で働く女性たちのオフシーズンの内職でもありました。
また、歴史的にも有名な場所で、江戸時代に実際に起こった赤穂義士による主君の仇討ち事件は、日本人の誰もが知る時代劇「忠臣蔵」や人形浄瑠璃・歌舞伎の演目「仮名手本忠臣蔵」の題材になっています。赤穂義士ゆかりの寺があったり、年に2回「赤穂義士まつり」が行われたり、歴史好きの観光客でにぎわいを見せています。JR赤穂駅周辺には至る所に赤穂義士の銅像や石碑などが立っていて、その歴史を感じることができます。

赤穂緞通の歴史
赤穂緞通の歴史は江戸時代末期、赤穂に住んでいた児島なかという女性が、夫と旅行中、四国・高松で出会った中国の「万暦氈(ばんれきせん)」という絨毯の精巧な作りに魅了され、これを国産の木綿で織れないかと考えたことに始まります。以降、なかは試行錯誤し明治3年に座布団大のほぼ完ぺきな緞通を織ることに成功。さらに糸の染織方法を研究したり図案の考案にも取り組んだりして、明治7年に1畳大の織り機を作りだし、赤穂緞通を商品化することができ、大阪や京都に販路を開きました。その歳月はなんと26年。このときなかは52歳でした。
その後、なかが開発した緞通技術が広まり、明治時代後半頃には赤穂緞通に携わる職人は150人以上いたと言われています。明治30年頃からは赤穂緞通の需要が増えて、高級敷物として取り扱われるようになります。
しかし戦時中は政府の統制により、材料の綿花が手に入りにくくなってしまいます。その影響を受け、昭和10年以降は徐々に赤穂緞通の工場も閉鎖を余儀なくされていきます。戦後、操業を再開した工場も高度経済成長期の機械化や大量生産の波におされ、手作業で根気を要する赤穂緞通は衰退の一途をたどり、平成3年には全工場が廃業します。
明治時代から続く技術を途絶えさせてはならないと、平成3年に赤穂市教育委員会が「赤穂緞通織り方技法講習会」を開講、その修了生たちによって平成11年に「赤穂緞通を伝承する会」が結成されました。伝承活動を行うほか、かつて織られていた様々な文様の赤穂緞通を収集して、復元を目指し文様ごとに目数を拾って図面に起こしました。現在ではその図案をもとに赤穂緞通が製造されています。赤穂市内には複数の織元が存在し、職人たちが力を合わせてその技術を後世に残そうと活動しています。
赤穂緞通の特徴
赤穂緞通の製作で必要な糸は3種類です。「縦糸(たていと)」、「緯糸(よこいと)」、「挟せ糸(はせいと)」で、すべて木綿でできています。「挟せ糸」は「色糸」とも呼ばれていて、文様を出すために使われています。

緞通の大きさは基本的には「一畳敷」です。最大の特徴は文様の色の境目に鋏を入れること。この工程を「筋摘み」といい、これによって文様を際立たせて立体感をつけています。

この「筋摘み」の工程は、次の項目で紹介する佐賀の「鍋島緞通」や大阪の「堺緞通」にはない特徴です。糸は木綿を使っているため、柔らかな風合いを出すことができます。
日本三大緞通
日本の産地は3つあり、「日本三大緞通」と呼ばれています。赤穂緞通のほかに、佐賀県の「鍋島緞通」、大阪府の「堺緞通」があります。それぞれの歴史や特徴をご紹介します。
「鍋島緞通」
佐賀県の伝統的地場産業のひとつで、「日本最古の綿緞通」と言われています。織糸は上質な木綿を使用していて、絹や羊毛よりも肌触りがいいのが特徴。また色糸は切りっぱなしで、表面を平らに整える「地摘み」を行わないため、毛足が長いものが多くなっています。織り終わりの縦糸を房として残す手法も多く見られます。
江戸時代元禄年間(1688〜1704年)頃に、佐賀城下近郊の扇町で農家に生まれた古賀清右衛門が長崎で中国人から緞通の技術を教わり、「扇町毛氈(おうぎまちもうせん)」として製作されたのが起源です。江戸時代、佐賀藩主がその精巧な作りと大胆かつ華やかな文様を評価し、生産を奨励しました。佐賀藩の御用品でもあったため、庶民への売買は禁じられていました。明治時代以降になると庶民も親しむことができ、最盛期には十数の織元がありました。
「堺緞通」
大阪府堺市で誕生した手織りの絨毯で、大阪府指定無形民俗文化財のひとつです。江戸時代の1831年に堺の糸物商である藤本庄左衛門が、鍋島緞通や中国製の敷物をもとにして泉利兵衛に織らせたことが始まりです。明治期に庄左衛門の孫の“緞通王”である藤本荘太郎が改良し、欧米で普及させようと努めました。その甲斐あって明治時代中頃には国内だけでなく海外にも輸出され、最盛期を迎えます。織元の数は90にのぼり、年間の生産量は117万畳にも及びました。素材は木綿のほか、麻でも多く作られました。この麻製の緞通は、外国から輸入した米袋などの廃棄の糸が原料。そのため販売価格がとても安く、そのほとんどが海外へ輸出されていたようです。堺緞通のなかには、文様だけでなく堺の町の風景を表現したものがあり、ほかの緞通にはない特徴です。かつて素材は木綿、麻、絹が使われていましたが、現在はほとんどが羊毛です。機が「竪機」と特徴的で、あまりスペースを取らずに大型の製品を織るのに適しています。
赤穂緞通の製作工程
工程はすべてで15あります。順にご紹介します。
まずは機作りの工程です。
(1) 縦糸のり付け
米粉ともち粉を合わせて炊き、そこにお酢を加えて糊を作ります。お酢を加えるのは腐敗するのを防ぐため。織る途中で糸が切れたり絡まったりしないようにするために、縦糸にできた糊をしっかりともみこんでいきます。とても大切な工程です。

(2) 縦糸はり
縦糸の長さを決める「へ台」と呼ばれる台に、8の字になるようにのりの付いた縦糸を張っていきます。

(3) もじり通し
縦糸を上げ下げできるように、前後のもじりに1本ずつ通していきます。この作業は2人1組で行います。

(4) はた結び
もじりに通した縦糸を上下一組とし、端を固く結び合わせます。

(5) ぼうばい通し
結び合わせた縦糸を5〜6組ずつ束ねて先端を輪にして、ぼうばい糸に通します。

(6) 筬通し(おさとおし)
手前の縦糸を、交差しないように筬(おさ)に通していきます。

(7) 金巻き
縦糸を「金棒」と呼ばれる鉄の棒にくくりつけます。

続いて織工程です。
(8) 糸挟せ
図案通りに、ペルシャ結びで上糸と下糸に色糸を挟みこんでいきます。

(9) 筋摘み
文様を浮き出させるために、文様と文様の間の色糸を筋が残るように分けて、「溝」を作るイメージで握り鋏を使って色糸を切っていきます。

(10) 地摘み・きわ摘み
表面が平らになるように握り鋏を使って切っていきます。この工程で緞通の厚さが決まります。切りすぎないように注意しながら摘んでいきましょう。そして最後に仕上げの「きわ摘み」をして文様を整えます。

(11) 縦糸切り

緞通の終わりの耳から10〜15cmのところで縦糸を切り離します。
(12) 縦糸結び
上下の糸を間違えないように、切った縦糸を丸結びで固く結びます。

最後に仕上げの工程です。
(13) 敷のし台へ張り付け
戸板のような仕上げ台に緞通を裏返しに張り、釘を打ち付けて形を整えていきます。

(14) 敷のし(水うち)
噴霧器を使って霧状の水をかえて、さらに形を整えていきます。最後に天日干しをします。

(15) 完成
以上の工程で完成です。
この工程で1畳敷の緞通を半年以上の時間をかけて作っていきます。とても細かい作業も含まれていて、正確な技術だけではなく、根気も必要です。しかし、その丁寧な作業によって、文様がより際立つ作品が生まれます。まさにとても日本らしい工芸品です。
赤穂緞通手作り体験
赤穂緞通の手作り体験ができる施設がJR赤穂駅から徒歩10分程度のところにあり、観光客も気軽に訪れることができます。手作り体験は実際に赤穂緞通の職人の方から直接指導してもらうことができます。手作り体験のほかに、工場内の見学もできます。
赤穂緞通製作体験を行う「赤穂緞通 技術研修工房 つむぐ」について
「赤穂緞通 技術研修工房 つむぐ」は、一度途絶えかけた赤穂緞通をこの先そういったことが起こらないようにするため、後継者を育成する拠点でもあります。随時研修生を募って、職人を育成しています。研修が修了すると、修了者が講師となって「機こしらえ」から「仕上げ」までの技術を次の研修生に丁寧に指導しています。研修生と講師が工房で作業をしているので、製作している様子を間近で見学することができます。市内にいくつか赤穂緞通の工房がありますが、こちらの工房では市内最大数の6台の織り機を設置しています。


工房内で見学
工房に入ると、大きな織り機が所狭しと並んでいて、伝統が受け継がれている様子を肌で感じることができます。

職人のかたが温かく迎え入れてくださり、丁寧に赤穂緞通の歴史や製作工程について詳しく説明してくれます。
まずは赤穂緞通の美しい模様とその肌触りを、実際に緞通を触って体感させていただきました。滑らかで肌触りがよく、とても丁寧に作られているのを実感します。
織り機では作業途中の緞通のようすも見せていただくことができます。それを見ると、赤穂緞通の最大の特徴である“摘み”がどういったものかよくわかります。

それがこちらです。奥の部分が“摘み”を施したあとで、手前の部分が“摘み”をする前です。その違いは一目瞭然。摘みをしていない手前部分は毛羽立っているように見えて文様がぼやけています。一方で“摘み”をした奥の部分は滑らかになっていて、文様がはっきりと見えます。これが赤穂緞通の文様の美しさの秘密なのです。独り立ちした職人でも、1畳敷の緞通ができあがるのに週5日朝から晩まで製作をして、半年〜10ヶ月ほどかかるというから驚きです。“挟せる”工程は時間にすると2ヶ月ほどでできあがるそうなのですが、“摘む”工程にその3倍くらいの時間がかかるそうです。30段分(15〜20cm程度)くらい挟せたあとにその挟せた部分を摘んでいくそう。その繰り返しで半年以上をかけて1畳敷を作っていくとのことでした。根気強く取り組み、美しく納得できるものを作ろうとするその姿に、日本人のものづくりの精神が表れていると感じました。
工房内では各職人が自身のペースで作業を行っているため、見学当日にどんな作業が行われているかはお楽しみに。
<工房内の見学>
- 開館時間
- 午前10:00〜午後12:00、午後1:00〜午後4:00
- 開館日
-
土・日・月(臨時休館あり)
※火・水・木・金は要予約(予約がない場合は閉館) - 休館日
- 年末年始
※詳しくはHPの見学カレンダーを確認してください。
※一度に見学可能な人数は20名までです。
体験は無料と有料の2種類あり〜無料編〜
工房見学で訪れると、無料で赤穂緞通の製作工程の一部を体験させていただくことができます。体験用の織り機では1畳敷の緞通を製作しているので、どの製作工程が体験できるかは当日見学に行ってからのお楽しみ。取材した日は、「糸挟せ」と「摘み」の体験をさせていただきました。
「糸挟せ」は、上糸と下糸に色糸を挟みこんでいく作業ですが、図案と見比べながらどの糸まで色糸を挟みこめばいいのか、きっちりと糸の本数を数えなければなりません。本来は5本でなければならないのにもし6本分色糸を挟んでしまうと、デザインが崩れてしまうからです。糸を数えるのに一番集中力を使いました。



「糸挟せ」を体験したあとは、「筋摘み」と「地摘み」を体験させていただきました。
「筋摘み」は水色と紺色との境目で、2色の糸が交わらないように、1本の狂いなく色糸を分けます。

色糸を分けたら、その境目の糸を、握り鋏で切っていきます。握り鋏は刃の根元に角度がついていて、折れ曲がっているのが特徴です。文様の境に筋を作ったり、表面を滑らかにしたりと細かい作業があるため、折れ曲がって使いやすい形状になっています。

筋摘みでは色糸の境がはっきり出るように、きっちり溝を作るように切りましょう。そうすることで文様の仕上がりがより立体的になります。溝ができたら、表面が滑らかになるように地摘みも行います。文様の一部分しか摘みの作業を行いませんでしたが、少しするだけでも立体感がちがうことに気付きました。

この摘みの作業が赤穂緞通の最大の特徴であり、製作の中で一番時間がかかる作業です。色を分ける作業、握り鋏で筋摘みをする作業、手触りをよくするために表面を平らにする地摘みの作業、どれをとっても簡単にできるものではなく、細かい作業なので集中して行わなければなりません。美しい文様を浮かび上がらせるためには長時間、細部まで注意を払って精巧に仕上げる“精神力”も鍛えられたような気がしました。無料体験は作品を持ち帰ることはできず、体験するのみです。
体験は無料と有料の2種類あり〜有料編〜
有料の体験では、10cm×10cmの作品を作ることができます。花や波など赤穂緞通で実際に使われているモチーフ8種類ほどの中からどのデザインにするか選びます。


そしてそのデザインを元に、使う糸の色を決めます。これが挟せ糸(はせいと)。挟せ糸も種類が豊富。実際に手に取って合わせながら決めていきましょう。

体験では図案通りにこの挟せ糸を挟せる作業と、摘みの作業を行います。たった10cm四方の作品を作るだけでもなんと6時間もかかります。はじめは細かい作業に戸惑うかもしれませんが、慣れてくると、図案と見比べながらテンポよく一目ずつ挟せ糸を経糸に挟み込められるようになって、楽しくなってきます。ある程度挟せたら、摘みの作業。握り鋏を使って、まずは「筋摘み」をします。文様の境目に溝を切って立体感を出しましょう。
その後は「地摘み」の作業へ。絨毯の面に対して、握り鋏の刃を平行に動かしていきます。表面を平らにするために、糸を切りそろえていく作業です。最後に「仕上げ摘み」。筋摘みと地摘みを念入りに繰り返しながら全体を整えていきます。実際に体験することで、摘みをする前と後の文様の立体感の違いが実感できることでしょう。無料の体験は当日どんな工程の体験ができるかわからない一方で、有料はひとつの作品を自分の手で作り上げていくので、赤穂緞通におけるポイントとなる工程は一通り体験することができます。
ただ、6時間の体験後、できた作品を当日中に持ち帰ることができません。実はまだ作業が残っているので、その作業を職人のかたが行ってから、後日郵送してくれます。届くのを楽しみに待ちましょう。届いた緞通は部屋に飾ってインテリアとして活用できます。
体験をしてみて
体験することで、この立体感を出すために大変な時間と労力がかかっていることをとてもよく理解することができました。もはやただの敷物ではなく、アート作品の側面も強いと感じました。ミニサイズを購入して、インテリアとして壁にかけたり、玄関に飾ったりするのもおしゃれです。
有料体験は後日郵送になるため、海外からの観光客のかたは無料の体験がおすすめです。もし赤穂緞通をお土産に持って帰りたい場合は、近隣の工房などでミニサイズの赤穂緞通を販売しているところがあります。つむぐの職人さんが購入場所をご案内してくださるので、無料体験を行ったあと、ぜひほかの工房やギャラリーにも見学に行って、お土産に赤穂緞通をゲットしてみてください!
<赤穂緞通製作一日体験>
- 所要時間
- 約6時間(午前10:00〜午後5:00、お昼休憩1時間)
- 費用
- 6,000円(材料費、製作費、送料込み) ※海外への発送には別途送料要
- 予約
- 製作体験予約申し込みフォーム
※必ず事前に予約が必要です。
※予約は申し込みフォームから、体験希望日の1週間前までに行いましょう。
※同時に体験可能人数は2名までです。
まとめ
緞通は、全て手作業で作り上げる高級敷物ということは知っていましたが、工房を見学し、自分でも体験することで、この文様の奥行のある美しさは職人のかたの緻密な作業の先に生まれているものだと改めて実感することができました。時代とともに暮らしが変化することで一時は途絶えかけた技術。そんなことはさすまいと、いまに受け継ぐだけでなく体験などを通してより盛り上げようとする赤穂緞通の職人の方々の底力を感じます。瀬戸内海に面する赤穂で生まれた伝統的な緞通の美しさとその手触りの良さを体感してみてください!


