明治2年にあった鉄道計画とは、新橋から横浜そして神戸から大阪、京都、大津、もう一つは敦賀から長浜でした。
日本海側と太平洋側を結ぶという計画です。
長浜から大津というのは琵琶湖の水運利用です。
明治には、北海道の開拓が重要でした。
明治15年の敦賀、長浜間の鉄道開業よりも早く明治13年に幌内鉄道が開業しています。
夕張炭鉱から小樽までの路線です。
日本の鉄道敷設は進んでいきますが、蒸気機関車には石炭が必要ですね。
鉄道が進んだことで、日清戦争や日露戦争のために兵隊さんを集めることができました。
鉄道が日本の経済も大きく発展させることができたと言えます。
敦賀鉄道資料館では、そのようなロマンも感じられます。
奥田竹志さんのその他のレビュー
-
まるさん屋 敦賀駅前
「まるさん屋 敦賀駅前」は、地元で愛される海鮮料理の店。敦賀駅前から徒歩5分と、非常に立地が良いので、観光の合間の食事にもおすすめ。福井の旨い魚、魚問屋ならではの抜群の鮮度の食材を熟練の職人がさらなる味に磨き上げる絶品の逸皿。お刺身はもちろん、福井名物の浜焼さば、越前そば、へしこ焼、ソースかつ丼まで取り揃える。
北陸新幹線が開業してから、YouTuberさんの投稿を多く見るお店です。
人気店が、益々、賑わっていますよ。
先日に皆んなで宴会に行きましたが、海鮮だけでなく、フランス料理のようなものを出してくれました。
こういうのって、予想外のおいしさに感動でした。 -
敦賀赤レンガ倉庫
明治から昭和初期にかけ、ロシアを経由し大陸ヨーロッパへとつながる国際都市として栄えた敦賀を象徴する建物。1905年に石油貯蔵用の倉庫として、外国人技師の設計により建てられた。その後は軍の備品倉庫や昆布貯蔵庫などとしても使用された、県内有数のレンガ建物で、2009年には北棟、南棟、レンガ塀が国の有形文化財に登録されている。
敦賀は、鉄道と港のまちです。
3度の空襲に遭いましたが、戦前の町並みがジオラマで見ることができて嬉しいです。
父や母は、この町で生きていたんです。
私の父は、この機関区で機関士をしていました。
もう、70年以上まえの話しになります。 -
人道の港 敦賀ムゼウム
明治から昭和初期にかけて、シベリア鉄道を経由して日本とヨーロッパを結ぶ国際港として発展した敦賀港。1920年代にはロシア革命の動乱によってシベリアで家族を失ったポーランド孤児、1940年代には杉原千畝氏が発給した「命のビザ」で救われたユダヤ難民たちが上陸した。
ここでは、命と平和の大切さを学べます。
今の世界を見ますと、一番大切な平和が置き去りになっています。
世界に平和発信をここから続けることですね。
